プラダを着た5歳児

プラダを着た5歳児

ゲーム会社・IT企業を経て社会から静かにフェードアウト。精神年齢5歳児の人が綴るブログ。

相手と対等になる手段

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絵は私にとって、同級生と(表面的には)仲良くやっていくための手段でした。

今の土地にに引っ越してきた時、

【頭悪い】【オドオド】【どんくさい】…というのび太的要素を兼ねそろえていた私は、よく虐めのターゲットにされていました。何もしてないのに暴言を吐かれたりしました。どうやら私はクラスの中でヒエラルキーの最下層に位置していたらしく、比較的大人しい女子からも悪口を言われました。彼女達にとって、私は適度なガス抜きに丁度よかったのかもしれません。

 

あまり書きたくはないですが、

「ハゲ~(笑)」とからかわれることもあれば、

クラス総員で私を“汚物”であるかのように扱ってくることもありました。

(ちなみに私ハゲではないし、汚くもありませんでした)

「げっ。触っちゃった~」

「汚~い。タッチ!」「タッチ!」

(私に触れたことで鬼ごっこのようなシステムが発動)

 

多分本人たちは純粋に楽しんでいて、【いじめ】という認識は持っていなかったのだろうな思います。

【友達のグループ】に自分をなんとかねじ込んでも、何が楽しいのか全然分からず、すぐ疲れてしまいました。そのうち一人で絵を描くようになりました。その時までは、絵を描く事は純粋に楽しんでいたように記憶しています。

 

空けても暮れても一人で絵を描いていた為多少は画力がつき、そのうち私をからかってた子達が手のひらを返したように

「〇〇の絵を描いて描いて」

と頼んでくるようになりました。

その時に、私は絵を使う事でようやく相手と対等になれた気がしました。

いじめをしていた側の人間が私に頼み事をしてくるというのは、非常に滑稽でした。私はこんなクラスメイトの事を内心で軽蔑しつつも、“頼まれる”その状況を心地よくも感じていました。マンガのキャラクターの絵を描くだけで、クラスの中心にいられるような気分になったからです。

 

絵を描かないとコミュニケーション取れないなんて、自分でも「寂しい人間だな」と思います。

これは私の、強い承認欲求の一端を担っていたのかもしれません。

今思うと、相手とって私は「ただ絵を描いてくれる道具」でしかなかったのかもしれません。実際は私が相手に利用されていただけだったりして…。

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